朝青龍(あさしょうりゅう)は、モンゴル出身で第68代横綱を務めた元力士で、本名はドルゴルスレン・ダグワドルジ。現在は母国モンゴルで銀行や不動産など複数の事業を率いる実業家として知られています。この記事を読めば、引退の経緯から引退後のビジネス、甥・豊昇龍との関係、家族のことまで、公表された事実だけを一度に確認できます。
※本記事は本人の会見・公式発表・日本相撲協会の対応・信頼できる報道とWikipediaに基づき、確定した事実のみを中立に整理します。未確定の疑惑や週刊誌の憶測は断定しません。
朝青龍のプロフィール【基本情報】
まずは横綱・朝青龍の基本データを整理します。22歳4か月での横綱昇進は当時の年少記録に並ぶ早さで、平成のひとつの時代をつくった力士でした。
| 四股名 | 朝青龍 明徳(あさしょうりゅう あきのり) |
|---|---|
| 本名 | ドルゴルスレン・ダグワドルジ |
| 生年月日 | 1980年9月27日 |
| 出身地 | モンゴル国 ウランバートル市 |
| 身長・体重 | 184cm・154kg(現役時) |
| 所属部屋 | 高砂部屋 |
| 初土俵 | 1999年1月場所 |
| 横綱昇進 | 2003年3月場所(第68代横綱) |
| 幕内最高優勝 | 25回 |
| 引退 | 2010年2月(2010年1月場所限り) |
モンゴル出身力士として初の横綱で、2003年3月場所後に昇進。優勝25回は歴代でも屈指の数字です。語学に堪能なことでも知られ、モンゴル語・日本語のほか英語やロシア語なども話すと本人やメディアで紹介されています。
朝青龍の生い立ち:レスリング一家からモンゴル相撲、そして大相撲へ
朝青龍はウランバートルのスポーツ一家に生まれました。兄たちもモンゴル相撲やレスリングで活躍した格闘家系で、本人も少年期からレスリングに取り組み、その身体能力が角界入りの土台になっています。
来日後は明徳義塾高校(高知)に相撲留学し、四股名「明徳」の由来にもなりました。1999年1月場所で初土俵を踏み、2001年1月場所で新入幕。スピード出世で番付を駆け上がり、入門からわずか4年あまりで横綱に到達しました。後に甥の豊昇龍が同じ高砂一門ではなく立浪部屋から横綱へ上がる道をたどる前に、朝青龍自身が「モンゴル人横綱」という道を最初に切り開いた形です。
朝青龍の引退の経緯:本人会見と協会の対応という「確定した事実」
朝青龍といえば、現役時代の取組以上に2010年の引退が語られます。ここは誤情報が広がりやすい部分なので、確定している公的な事実だけを順に並べます。
- 2010年1月場所の期間中、場所外で泥酔した状態でのトラブルがあったと報道された。
- 2010年1月25日、日本相撲協会は朝青龍に対し厳重注意を行った。
- その後、横綱審議委員会から横綱として初めての「引退勧告書」が提出される事態となった。
- 2010年2月4日、朝青龍は会見で「師匠と話し合い、引退を決めた。横綱の責任を感じ、迷惑をかけた」と述べ、現役引退を表明した。
トラブルの詳細について、本人は会見で「この話は控えたい」と述べ、協会からも詳しい経緯の説明はありませんでした。つまり、何が起きたかの細部は公式には確定していません。本記事では、報道された個別の疑惑を確定した事実として断定することはしません。確定しているのは「協会の厳重注意」「横審の引退勧告書」「本人による引退表明」という公的記録の部分のみです。
現役中の優勝は25回。第68代横綱として、わずか7年弱の横綱在位で角界を去りました。引退は号外が出るほどの大ニュースとして報じられました。
朝青龍の現在:モンゴルで複数事業を率いる実業家に
引退後の朝青龍は、母国モンゴルで実業家として再出発しました。家族・親族とともに事業グループを運営し、複数の分野に展開していることが本人のテレビ出演などで語られています。
2022年12月に日本のテレビ番組へ出演した際、朝青龍は自身の事業について「銀行を経営しています。不動産やっています。観光ビジネスやっています。化粧品原料の卸もやっています」と紹介しました。報じられている事業領域には、投資・銀行業(モンゴル国民投資銀行=NIBank の経営者として名前が挙がる)、不動産、観光・イベント、農業・牧場などがあります。
年収「10億円」や総資産「100億円超」といった数字も一部メディアで取り上げられますが、これらはあくまで推定であり、本人や企業が公式に開示した正確な金額ではありません。本記事では推定値として扱います。確実に言えるのは、横綱としての名声とモンゴル国内の人脈を生かし、複数事業を持つ実業家として活動している、という点です。レスリング協会の要職など、スポーツ振興・慈善分野でも名前が挙がります。
朝青龍と甥・豊昇龍の関係:新旧モンゴル人横綱の系譜
近年、朝青龍が再び注目を集めた最大の理由が、甥の豊昇龍智勝の横綱昇進です。豊昇龍は朝青龍の長兄の息子にあたり、2025年に第74代横綱へ昇進しました。叔父・甥がそろって横綱というのは、大相撲の歴史でも極めて珍しい系譜です。
豊昇龍が大関時代に優勝し横綱昇進が確実になった際、朝青龍はSNSで幼い日の甥との写真を公開し「新旧横綱や!」とコメント。ファンから「そっくり」と反響を呼びました。報道によれば、朝青龍は豊昇龍の入門後にメールで「自分の力で強くなれ」「急に太ってはダメ、怪我をするから」などと助言を送り、昇進伝達式の前には「やることしっかりやったんだから、楽しめ」と声をかけたとされています。
一方で、二人の関係について「ここ一年は距離がある」といった週刊誌報道も出ています。こうした内輪の関係性は当事者にしか分からない部分であり、本記事では断定しません。確かなのは、朝青龍が公の場で甥の活躍を喜び、激励のメッセージを発信してきたという事実です。
朝青龍の家族・結婚:離婚と再婚
朝青龍は現役横綱時代の2003年に結婚しました。その後、2009年7月に離婚を発表。引退から年月を経た2020年7月には再婚を発表しています。配偶者や家族の詳細なプライベート情報は一般の方に関わるため、本記事では公表された範囲(結婚・離婚・再婚の事実)にとどめます。
なお、相撲一家としての血筋は甥・豊昇龍の横綱昇進にも表れており、ダグワドルジ家はモンゴルを代表する格闘技ファミリーといえます。
朝青龍についてのQ&A
朝青龍は今何をしているの?
モンゴルで銀行・不動産・観光・農業など複数の事業を手がける実業家として活動しています。2022年のテレビ出演でも自ら事業内容を説明しています。
朝青龍の年収や資産はいくら?
年収10億円・資産100億円超といった数字がメディアで紹介されていますが、いずれも推定で、公式に確認された金額ではありません。
朝青龍はなぜ引退したの?
2010年1月場所中のトラブル報道を受け、日本相撲協会の厳重注意と横綱審議委員会の引退勧告を経て、2010年2月4日に本人が「横綱の責任を感じた」として引退を表明しました。トラブルの細部は公式には説明されていません。
豊昇龍とはどういう関係?
豊昇龍は朝青龍の甥(長兄の息子)です。2025年に第74代横綱へ昇進し、叔父・甥そろっての横綱となりました。朝青龍はSNSで激励のコメントを発信しています。
優勝は何回?
幕内最高優勝は25回。モンゴル出身初の横綱として、平成の角界を代表する成績を残しました。
まとめ
朝青龍は、モンゴル出身初の横綱・優勝25回という記録を残し、2010年に引退した後はモンゴルで複数事業を率いる実業家へと転身しました。引退の経緯については、協会の対応や本人会見という確定した公的事実のみが確かで、報道された個別の疑惑を断定することはできません。近年は甥・豊昇龍の横綱昇進で再び脚光を浴びています。現役時代の強さだけでなく、引退後の歩みまで含めて見ると、朝青龍という人物の幅広さがよく分かります。

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